80years じゃんけんしよ! ええでー。 じゃーん、けーん…ぽん! ちょき! ひきわけやー。 もう一回する! じゃーん、けーん…  ◇  ◇  ◇ 3ヵ月ぶりの両親からの電話で、入院していた祖母が亡くなったと聞かされた時、頭に浮かんだのはたった1つの玩具の事だった。 元々は子供の頃の祖母が、珍しく駄々を捏ねて買ってもらった物で、それはそれは大事に扱っていたと聞く。 丁寧な扱いから物持ちも良く、一度調子が悪くなり修理に出しはしたものの、その後壊れる事なく、産まれた子供…私の父に譲られたのだと言う。 新しい玩具だ、と最初に「それ」を渡された幼少期の父は、最初がっかりはしたものの、次第に愛着が湧いていったのだと、後に語った。 それから今度は、子供の私に与えられたのだ。 あれは確か、私が一人暮らしを始める時にも持たされて……それから…どうしたのだっけ。 今の家に引っ越した時に、まだ一部の箱を開けずに押し入れに仕舞い込んでしまった事は覚えている。どこだろう。 押し入れの上段に積まれた雑貨を2、3個取り出すと、家電…と読みづらい字で書かれた、両腕で抱えられるほどの箱が現れる。 手で軽く埃を払って、やや慎重にその箱を取り出し、開ける。 やや丸みを帯びた、ぬるんとしたフォルムに3つの角が付いた、謎の生き物の形をした物体がそこにあった。 名前は確か、そう、「ゲーミングうにゅう」だ。 今でこそ、インテリア家電、として世間に浸透しているが、発表当時の印象は、とてもお高いオモチャだったそうだ。 人を相手にじゃんけんが出来る程度の簡易AIが搭載されている事をウリに売り出されたそれは、発売当時、沢山の子供達の心を掴んで離さなかった。 私の祖母もその1人であり、店頭サンプルとして青から白へと輝くゲーミングうにゅうを見た時に目が釘付けになってしまったのだとか。 ……『るみゅう』というのは、祖母がゲーミングうにゅうに付けた名前だ。 まるでペットか、大切にしている人形かぬいぐるみを慈しむ様に付けられたその名前は、あっという間に日常に溶け込んだ。 虹色に光るだけ、簡単な決められた言葉を喋るだけの『るみゅう』は、いつの間にか、ただそこに在るだけで当たり前の存在になった。 「……あれ、喋らない」 暫く仕舞いっぱなしだった事から、バッテリーは切れてしまっているだろうと思い、コードを繋いで1時間程充電させ、『るみゅう』の起動を試みた。 確か、スイッチのオンオフや消灯時、じゃんけんを要求した時などに音声再生機能が働いていたはずなのだけど……何度スイッチをオンにしても、何も音声は聞こえてこない。 おかしいなあ、と、頭の辺りを指先でとんとんと、つついたりしてみる。 最後に稼働していたのをちゃんと見たのは、実家の居間で動かず静かに、寒色系カラーで光り輝いていた時だっただろうか。 記憶を辿ろうとするが、関連する物は何も思い出せない。 そういえば私が実家にいた時は、既に居間のインテリアとして、ただ光るだけの置物になっていた様な気もする。 入っていた箱の中を再度漁ってみると、取扱説明書の冊子が一緒に入っていた。物持ちの良い家族だと内心感謝しながら、サポートセンターの番号が載っていないかどうか調べる事にした。 載っていた番号に掛けてみると、数回のコールの後、繋がった。 「お待たせ致しました、お電話ありがとうございます、こちら―――」 ……考えてみれば、修理を経たとはいえ、長く使われた家電が壊れるのは当たり前の事だった。 「申し訳ございません、お客様がお持ちのゲーミングうにゅうは、初期ロットでございまして……」 「当時の精密機械の部品の一部が、既に生産終了している事と――」 つまりは直せない、という事だ。 「じゃあ、『るみゅう』はもう直せないんですか。家族みたいなものだったのに」 「『るみゅう』?」 「…すみません、何でもないです。ありがとうございました」 当たり前の事なのに、ショックで動揺して電話を切ってしまった。私、何してるんだろう…。 保証期間なんて、とっくに過ぎている。直せないのも当たり前なのに。 私は玄関横のシューズラックの上にスペースを作って、『るみゅう』を置く事にした。 近くのコンセントから繋いで、コードを引っ張ってきて繋ぎ、改めて照明スイッチを入れる。 やがて、温かみのある色が点いたと思うと、ゆっくり時間をかけて、虹色に輝きだす。 その様を眺めながら、ふと、「可愛くて抱きしめたくて、『るみゅう』が欲しくて堪らなくなっておねだりしたのよ」等と、 居間に置かれた『るみゅう』を撫でながら私にそう語っていた祖母の顔が思い出されて。 「おばあちゃんが居なくなっても、宜しくね、るみゅう」 ドット欠けで一部が暗くなったままの角を、親指でそっと拭う様に撫でた。