がしゃん、と南京錠の外れる音がして、反射的に扉の方へと振り返る。 もう何日も……何年も。開くことのなかった世界の出入り口に、誰かが立っている。 この学校の制服を着た少女。 昏さが差しかけた空に残る陽の光が、少女の黒く長い髪に反射する。 しかし見たところ、覇気は感じられず、ただぼうっと立ち尽くしているだけの様だ。 考えることもやめた擦り切れた脳で、ああ、自殺志願者か…と悟ると同時に、 未だに忘れる事の出来ない兄の事を思い出し、目を閉じうなだれる。 …今更来る訳がないんだ、って分かっているのに、どうして期待してしまうんだろう。 どうして。 「ねえ」 急に呼びかけられ、死にそうな位驚きで飛び上がった。 もう死んでいるのだから、その表現は間違いなのだけど。 気づけば、先程屋上に入ってきた少女はボクのすぐ隣にまで来ていた。 「あなたが、学校の七不思議ですごく噂になってる…屋上の、嘆きの幽霊さんね?」 校内には入れないから、学校の事なんて殆ど知らないけれど。 今は、…そういう事になっている、らしい。 あぁ、まだ太陽が眩しい。 「七不思議なんてあったんだ、この学校…… …ぁ」 物好きな女の子だと思った。どうせ死ぬのなら、道連れにやろうと思い、その瞳を覗き込んで――ひどく懐かしいものを見た。 身体が震える。背筋に冷たい物が走る。悪寒。 遠い昔にここで、お兄ちゃんとのやり取りで、何もかもを思い出したあの時にも感じた感覚。 「きみは………誰」 無意識のうちに、口から疑問の言葉が出て、慌てて手で塞ぐ。 「古桜茜。あかね」 「な、――」 「もしも屋上の幽霊に名前を聞かれたら、フルネームで答えなさい、って。死んだお父さんが言ってたの」 がつん、と頭を殴りつけられた様な衝撃を受けた。 ――比喩ではなく、本当に殴られた。 気づけば、コンクリートの床とキスしていた。目の前がちかちかする。 一体何が起きているんだろう、それに……情報量が、多すぎる。 混乱して、何も考えられない頭で、上半身を起こす。 茜と名乗る少女は、虚空を見つめて、うっとりとした目で語りだした。 「入学するまでは半信半疑だったけれど、…お父さんの言う通りだったわ! ありがとう、お父さん!私に、最高の玩具を残してくれて!!」 「―――。」 少女の瞳の奥に、あの人の面影を見てしまったボクは、依然として成仏する事は許されないのだと、悟った。 ――死んで尚、お兄ちゃんの手のひらの上で、ボクは踊らされ続けるのだ。