バタバタと玄関が慌ただしい。恵理が帰ってきたようだ。 「たっだいまー大樹っ」 外から帰ってきた彼女の姿をぼうっと眺めていると、ふと頭に目がいった。 「…うん?」 それが何であるかを確認しようと席を立って、 「――あれ、大樹どうしたの?」 条件反射のように恵理が駆け寄ってくる。 「いや、大したことじゃあないさ」 言いながら、近づいてきたその頭に右手をやると、 くすぐったそうに恵理が目を細める。 「ぅん・・・何か、付いてたかな」 「付いてなくたって、触りたくなるんだよ」 先ほど何かが見えた辺りにぐしぐしと指を入れながら。 「もう、大樹ったら」 指先に髪以外の感触。 「恵理だって、こうされるの好きじゃないか…」 「…あ――」 空いてた左手の先で眼鏡を取ってやると、そのまま腕を腰に回して抱き寄せる。 その一瞬で眼鏡を畳んでやるのも忘れない。 腕の中でにゃ、と小さく彼女が声を上げるがお構いなしだ。 「でも、こうされる方がもっと、好き―なんだっけ」 「うん♪」 ぎゅっと腰に回される手。…それが俺たちの日常。 指先のそれをすっと摘むと、出てきたのは一枚の。 春によく見かける、一番見覚えのある薄ピンクの花びら。 ――桜。 (…あぁ、もう春だっけ) 頭の中で反芻する。そうだ、もう、そんな…。 「…次のデートは3人で行くか。銀矢もいれてさ」 「えっ?」 腕の中で戸惑っている恵理を離さないように、 「花見、行こうぜ」 きっともうすぐ満開になるから。