タイトル : 『sky』 投稿日 : 2009/10/20(Tue) 03:50 投稿者 : M.Kamiya PCのデスクトップの隅にそのアイコンを見つけた時、 あたしは、「ウイルスでも踏んでしまったのだろうか」と一抹の不安に駆られたのだった。 生憎このPCはそんなに性能が良いわけでもない。 起動しても、やってる事と言えば主にネットで空の写真を眺めることと、 デジカメで撮ってきた写真を取り込んで、デジタルアルバムにUPするとか…本当に、それくらいで。 けれどアンチウイルスソフトは入れていたし、対策の為にあたし自身も、コンピュータウイルスにはどんなものがあるのか、と言った調べ物もしたことがあった。 だから、それらに対する最低限の知識は持ち合わせているつもりだった。 けれど―― そのアイコンは妙だった。 一見、ショートカットアイコンのようなそれは、拡張子やそれらしい外見でなく、 只の黒く四角いアイコンに、英文字らしきもの3文字でアイコン名が付けられていた。 「…えーと……」 だけど、読めない。最初のB、は判るのだけど…何だろう? ひょっとして知らないうちに変な操作でもしてしまったのだろうか? それとも、両親が勝手にPCを触ったりでもしたのだろうか? でも、それなら事前に必ず「ちょっと触るよ」とか何かしらあたしに伝えてくれるだろうし、最近はそんなこともないし…。 もしかしたらこれは、新しいウイルスなのかもしれない。だったら、アンチウイルスソフトから報告の一つでもあっていいはずだ。けれど…… …何となく、これはそういう類のものでは無い気がした。 そんな風に思わせるのがウイルスの特徴だ、と言われるかも知れない。 しかしその黒いアイコンは、あたしの心を奪うには充分過ぎた。 …かちかちっ。 恐る恐るその得体の知れないアイコンをクリックする。 …数秒後、右下に数行の英文が表示され、 直後、何かが展開された。 黒いアイコンから弾けるように、無数のゼロとイチの数字の羅列が溢れ出す。 高速で展開されていく――それらを、あたしは只ぽかんと眺めているだけだった。 …静かだった自室に、かりかりとPC内部からの音が響き始めた所で我に返る。 「えっ、な、何、なにっ!?」 慌ててあたしはctrl+Alt+Delete― 一瞬でタスクマネージャを開く方法 ――を押す。しかし、このアイコンは一体何を実行させたというのだろう? 開いたウインドウに目を通す、が、それらしい物は見あたらない。 焦っていた。…だから次の瞬間、羅列で埋め尽くされたデスクトップに、突然吹き出しが表示された時、 「…きゃ!?」 あたしはとても情けない悲鳴をあげたのだった。 続いてそこにぎこちない動作で、文字が表示される。   ――誰か、いる? それが、ヴィイとのファーストコンタクト。 彼女が、自身をオルタだと呼ぶAIで、人に触れたくてやってきたとか、そういったことを知るのに、そう時間は掛からなかった。 そしてあたしはそんな彼女と話したくて、PCを触る時間が、ほんの少し―― 増える。 あたしは彼女に外で撮ってきた空の写真を沢山見せた。そして、語った。 「散歩中に、空をぼんやり見上げたりするのが好きなんだぁ…」 その時の自分は、笑っていたか判らない。うっとりしていたかもしれない。目を閉じていたかも知れない。だけどそう伝えた時、彼女は「素敵な趣味だね」と言ってくれたのを覚えている。 嬉しくなって、思わず「あなたと一緒に、空が見たいな」と伝えると、彼女は一瞬目を丸くした後、にこりと笑った。 そうだね、と。 ―― そして、今。 ぶぶぶ…と、ポケットの中の携帯が振動する。マナーモードでバイブレーション設定してあるから、当然と言えば当然なのだけど。 折りたたみ式のそれを急いで手に取り、開くと「メールを受信した」、と表示された。 …相手が誰なのかはもう分かっていたりする。そう、これは、ヴィイからのメールだ。 散歩中に彼女とメールが出来るようになったのは、本当につい最近。 先日、唐突に「携帯電話、持っているんだっけ…?」と確認するように聞かれて。 まさか、次に「遼子さんと、メールのやりとりが可能になるかも」と言われるとは思わなくて、それを聞いた瞬間、PC前で唖然としてしまった。 どういう原理で出来るようになったのかも聞かせて貰ったけれど、あたしにはよく判らなかった(「聞いても判らないかも知れないよ」、と言っていたけど本当にわからなかった)。 「…どうして、こんな事を?」 人に触れたい、と。人を視たい、と。その方法を未だ見つけられない彼女に問う…と、意外な答えが返ってきた。 “同じ空を見上げることは出来ないかも知れない。だけど、同じ「時」に「一緒」に空を見ることは出来るでしょう?”、と。 そう表示された吹き出しを見て、思わず目頭が熱くなった。 受信したメールを開く。 メールには、今バベル網で「空」が見える場所に来ている、という内容の短めの本文。件名は無い。 件名は付ける必要がないと判断したか、それとも遼子ならわかってると確信したのか。 「…よーし、あたしもっ! …今、…さ、ん、ぽ、ちゅ、う…だよ、っと…」 ――清々しい程に秋晴れの空の下で。返信内容を考えながら、あたしは携帯のキーを打ち始めた。 --------------------------- ・あとがきっぽいもの 大好きなヴィイの支援でSSを書きたくて書いたのに、書き上がったら遼子視点でしかも殆どヴィイに触れてなかった時の絶望感…! ブロックトーナメント一回戦で、ヴィイと一緒だった遼子が、「もしもヴィイのユーザだったら?」という思いつきで。