くつくつ。くつくつ。 目の前のコンロ上で、大鍋がくつくつと歌う。 「・・・はぁ」 ため息がこぼれる。 「なんでこうなったんだっけ…」 私はがく、と肩を落とす。 …ちなみに、大鍋の中は、大樹と二人で食べようと思って作ったカレーだ。 「恵理ー、まだですか〜?」 「うぅ…お腹すいたぁ…」 「マロン…よその家でそれは失礼だ」 「適当に水とか用意しとくぜー」 隣の部屋のリビングから、聞こえる、声。 「…はぁ」 大きなため息を吐きながら、いつの間にか頭を抱えていた。 そもそも今日こんなことになってるのは、大樹のやってる「課題」とやらのせいだ。 何日も前から「今日はカレー作るね♪」と予告していたのに、突然 大樹を気に入っている…大学の教授さん、とやらに、「合宿」と称して拉致られてしまったのだ。 二、三日は帰れないと言っていた。 「…全くひどいよね、大樹の腕がいいからって、助手代わりに連れてっちゃうなんて」 こちらの都合も知らずに勝手なんだから、とぼやきながら、大鍋の中のカレーをかき混ぜる。 いつもおかわり2〜3杯はする人なので大量だ。 …確かに、大勢で食べるには、丁度良いかもしれないが。 ―――大体、なんでよりによって前日に、なのだ。 折角楽しみにしてる、と言ってくれたのに…だから尚更気合い入れて作ったというのに。 …好きな人と食べるから美味しいのに。 ほわほわと湯気があがり始めたので、適当なところでコンロを切った。 皿に、適量にご飯を乗せ、その上から暖め直したカレーを掛ける。 「銀矢ー、お盆持って取りに来てー」 「おうっ」 「あ、私がやりm」 「私は銀矢を呼んだの、レイキはマロンちゃん達とお喋りでもしてて」 「…えう」 ごめんね。 料理をしたら、八割方、ポカをやらかすレイキには頼めないよ…と、心の中で呟きながら、お盆に4人分のカレーを乗せていく。 「これレイキの分ね、で、その肉が多めにはいってるのが銀矢の。 んで、あとの二つがマロンちゃん達のね」 「ん、了解。 …悪かったな、突然来て」 皿を見つめながら銀矢が言った。 「いや… 気にしてないよ」 どさどさとレイキの分の皿に、たまねぎを大量に盛りながら返事をする。 「って思いっきり気にしてんじゃねーかっ!」 「当たり前でしょ! 本当なら、今私と一緒にカレー食べてるのは大樹さんなんだから…!」 「さっきと言ってることが違うじゃねーか…」 そう言って銀矢は呆れて、 「兄貴が行く前に、連絡あってさ」 「…え? 大樹が銀矢に…?」 「…せめて、俺の代わりに、一緒にカレー食べてやってくれって、言われた。 あはは…兄貴もだめだな… 俺じゃ、代わりにならないって…。 ―――でもさ、そう言ったら、笑ってこう言ったんだぜ? 『一人でも多く、誰か知り合い連れて言って、大勢で食べろ』ってさ」 「…そっか」 「兄貴は、ちゃんと…恵理のこと思ってるよ。 自分が居なくてもさみしくないように…ってさ。 ・・・ほら、大勢で、一緒に食べれば、寂しさも無くなるし――いつもより美味しく感じるし、な」 「そう、だよね…うん。…ありがと、銀矢…大樹」 「はーい、おまちどーさま」 銀矢に4人分のカレーを持たせ、私は自分の分だけを持って、居間のテーブルへ。 「うーん、良い匂いですねー」 レイキが目を閉じて、くんくんと鼻をならす。 「はい、スプーン、それと福神漬けー」 あれとこれと、と出しながら皆の前に並べてやる。 「わぁ…、美味しそう♪」 「ですねー…(じゅる」 「レイキはそこでよだれを垂らすなっ」 「うぇっ!?た、垂らしてませんっ!!」 和気藹々と、和むような会話。 その隣でマロンがカレーを見て呟いた。 「でも、本当、美味しそうですね♪ いいなぁ、恵理さん……私も、こんな風にできたら……」 「ふふっ、美味しい物を作るには、まず美味しい物を食べる!」 「おーっ!」 「そして理解する!そうすれば、必ず出来るようになるわっ!」 「わー……(きらきら)」 どうやら尊敬の眼差しで見つめられてるらしい。 でも、私だって、大樹の所に来た頃は、割と同じようなものだったのだ。 カレーすらまともに作れず、おにぎりを作れば、三角にならず、丸い爆弾のような物体が出来るのみ。 「でもね、マロンちゃん」 「はいっ」 そのことを告げてみる。 「…実は私も、2年くらい前までは、まともに料理できなかったんだよ?」 「えっ……そうなんですか?」 「うん。…まー、何て言うのかな。 大樹の所に来てから・・・ 傍に居たかったし、役に立ちたかったから、ね。」 手を後ろで組みながらそう答えると、彼女はおとなしくなってしまった。 「だから、練習すればきっとマロンちゃんも、料理上手くなれるよ?」        *    *    * 「さ、お喋りはこれくらいにして、食べようかっ」 「そうそう。全く、いつになったら食べられるのかと思ったぜ」 隣で銀矢が笑いながら。 「早くしないと、レイキさんが腹ぺこで倒れそうだぞ?w」 「うきゅ〜〜…・・・・・」 彼の隣で、レイキがテーブルに突っ伏して目を回していた。 「うわー?! じゃ、じゃあ、食べよっかっ」 『いただきまーす!』 皆で声を揃えて食事の挨拶。 それと同時に、またワイワイとお喋りが再開された。 でも今度はさっきと違って――― 「美味しい――っ!!」 「んー・・・カレーライス…おいしい…♪」 「おう、やっぱ恵理の料理はうめーなっ」 三者三様の言葉。ちなみに今聞こえてきたのは、いただきますを言い終えて 真っ先に一口食べたマロンちゃん、ゆっくりと口に入れて咀嚼し味わうレイキ、そして味を判断するのが得意な銀矢…という順。 「ふむ…」 一口二口食べ終えたのだろうか。マロンの隣でブランが、呟く。 「ねぇブラン…ほんっと恵理さんって、料理上手いよねっ♪」 「とても美味しい… 恵理殿の、溢れんばかりの愛が伝わってくるようだな。」 「えっ! …あ、あははっ、ありがとうございますーっ!!」 突然の褒め言葉に思わず舞い上がりそうになる。 「…だが、これは本当に、私達が食べてもよかったのかな?」 ブランが疑問符付きで台詞を続けた。 「え……? なんで?」 「こんなに美味しいカレーなのだ…… 本来は、大樹殿と一緒に食べられるはずだったのでは?」 「…ぅ」 言葉に詰まる。 …ここでごまかしても、きっと、マロンちゃんに、オロオロ顔で申し訳なさそうにされてしまうだろう。 だったら、言ってしまった方がいい。 「えぇ、まぁ……そうですよ。本当なら、今、大樹と一緒に食べてるはず…なんだけど、ね。 ――でも。大樹が、『皆で食べればきっと美味しいし楽しいよ』って銀矢に伝えてくれたから。 だから、来る途中に会った二人を連れてきたんでしょ、レイキ?」 食べてる最中のレイキに振る。 「あふぇ(あれ)…もぐもぐ…ばるぇもぁふぃた?(バレました?)」 「…飲み込んでから喋りなさい?」 少しして、ごっくん、と飲み込んでからレイキは。 「ふふ、でも…やっぱり、その通りになりましたよね。」 「へ?」 微笑みながら言うレイキの言葉に、思わず皆の顔を見ると。 「うーん、美味しかったぁ♪ 恵理さん、おかわりしてもいいですか?」 「こら、マロン……もう少し遠慮しなさい…」 「いいじゃない、恵理さんもさっき言ってたでしょ、『美味しい物を作るには、まず美味しい物を食べる』って!」 「おーい、恵理も食べろって。喋ってばっかりで、さっきから全然減ってないぜ?」 「そういう銀矢様は…もう半分もないじゃないですか。食べるの早いですね。」 「と言うわけで、恵理ー、オレもおかわりー」 「えぇっ!? まだ食べられるんですかー!? …男の方って、ほんとよく食べますね」 ―――皆が笑顔。 「あ…」 「――ね♪」 戸惑う私に、レイキはにっこりと微笑んで。 「ほら、折角一生懸命作られたんですから、恵理も早く食べましょうっ?」 「食べる前に、オレのおかわりの分よろしく!」 「もうっ、銀矢様っ!?」 おわり。