「孤島」
(カツ、カツ、カツ・・・)
その音は確かに、僕の背後から響いていた。
普通に聴いていれば、何とも感じられない音だ。
しかし、その音は、とても恐ろしくられた。
誰も住んでいない、無人屋敷の曲がり角を曲がる。
しかし、
(カツ、カツ、カツ・・・)
ついてくる、足音。もちろん、自分のなんかじゃない。
『(何者?・・・誰なんだ!一体!・・・アイツか?)』
そんな僕の不安を一層強めるように、音の間隔が速度を上げた。
『(・・・来る!!)』
恐怖で手足が震えた。
(タン、タン、タン、タン、タン・・・)
僕はその場を走り去った。
臆病な僕は、振り向くことさえもできない。
そう。あの日から・・・−−−−。
* * *
「おはよう、ヨツハ。」
「あー・・・、おは。」
・・・変えようのない言葉。
ヨツハこと僕と、幼馴染みで親友のミノル。
僕らは常に一緒だった。小学校も、中学校も一緒だった。
クラスも、いつも同じだった。
僕らは、常に一緒だった。
それ自体が、きっと、この答えを欲していたんだ。
「ヨツハ、今夜、遊ばねェ?」
「おいおい、ミノル金ねーんじゃなかった?」
「金ツカうトコに行くんだったら言わねーよ!(笑)」
そこで、彼は声を潜めてこう言ったんだ。
「ホラーハウス、。そこへ行くんだよ。」
「げっ・・・。」
ホラーハウスとは、近所にある、無人屋敷の事である。
昔から、幽霊やらナニかがでると有名だ。
だが、僕は今まで近づいた事がない。
何か・・・何かを、感じるから。それが何なのかは判らない。
ただ、僕の中のナニカが。近づくことを拒んでいた気がする。
そんなとこへ、二人で行くんだ。
・・・。
「何だぁ、?お前怖いん?」
「べ、別にっ!そんな事ないさっ!ただ・・・」
「何だよ?」
何ともいえない笑みを浮かべつつ、僕は言った。
「俺は・・・っていうか。嫌だっつーか。あそこが。」
「おい・・・よゥッ!!お前女じゃねーんだからさ、そんなん『嫌』とか言ってらんねーぜ?」
「うっ・・・。」
「まかせろってんだ!お前がそんなに不安なら俺が何か持ってくっからよ。」
「でも・・・ミノルにばっかりそんなことさせてたら、俺のプライドが」
「だぁぁ!ったくこれだから優等生君は・・・。心配すんな!俺に任せとけ」
「はぁ・・・」
彼は不良っぽい。そして僕は優等生っぽい。
そんな僕たちだったが、仲は良かったんだ。
しかし、この夜を境に、僕は・・・−−−−−。
−−−夜、未明。
無人屋敷の近くの広場の片隅で、僕らは声を潜めて囁きあった。
『・・・よしヨツハ。行くぞ』
『あぁ・・・しかし、夜ってこんなに怖かったんだな。』
『お前まだ言うか?』
『あ・・・いや・・・』
『・・・』 『・・・。』
『・・・行くぞ。』
・・・ここには、街灯さえもない。
カサ、カサ、と小さく足音を立てる度に、
蛾が足に、まとわりつくように飛びついてくる。
Gパンを履いているので、さほど問題はないが、僕にとっては、精神的に苦痛である。
『なぁ・・・もうちょい早く歩こうぜ』
僕はミノルを急かした。
しかし、その彼が足を速めたかと思うと、急に立ち止まってしまったのだ。
『・・・』
「ミノル?」
名前を呼んでみたが、返事がない。
まるで何かに心を奪われてしまったかの様だ。
・・・ん?『心が奪われたみたい』だって?
自分の心に浮かんだその疑問を証明するかのように、
目の前を何かが通り過ぎた。
・・・風。の、様だった。
しかし、何かがおかしい。
(・・・な、なま、温かい・・・)
ビチャ
ふと、何かが頬に触れた。その途端に全身の毛が逆立った。
(やはり・・・ここに来てはいけないんだ!)
急いで踵を返すと僕は走り出した。
−−−・・・何か、なんてものじゃなかった。
僕が感じたのは、恐怖と憎しみだった。指だ。頬に触れたのは。
濡れてた。濡れていた。
例えるなら。
そうだ。
河童だ。河童の指。
風を感じる度に、触れられた所が冷たく冷やされた。
濡れてる。
何かが。闇に潜んでいる。
−−−数百メートル走っただろうか。
はた、と僕はある事に気づいた。
「!! ・・・ミノル!!」
そうだ。ミノルはまだ、暗闇に魅了されたままだった。
だけど。僕は・・・
「・・・・・・」
本音を言えば・・・・
「・・・・・・」
・・・そして、ぼくは、捨てた。最高だった友情を、捨てた。
臆病なばかりに。
・・・何よりも強くて固いのは、男の友情と言うが・・・−−−。
「ごめん、ミノル」
僕は、その場を去った。
知らないうちに、涙が一滴こぼれ落ちた。
* * *
あれから、一年が経った。
無人屋敷の前で佇んでいたはずの、生きていたミノルは、
朝になって、無惨にも白骨で発見された。
一時期、テレビを賑やかした事もあったが、
すぐに人々の記憶から消え去った。
白骨死体がミノルだと思えたのは、おそらく僕だけだろう。
そして、最近、塾通いを始めたのだが−−−。
あの広場の近くを通る度に、妙な足音を聴いた。
怖いけれど、懐かしいような、そんなカンジで・・・。
一度、ミノルの名を口にした時、足音は途絶えた。
きっと彼なのだろう。
恐怖で振り向くことができないが・・・足音に交じって、小さな声を聴いた。
『何で帰ったんだ・・・』
好きだったさ、ミノル。
裏切ったりして、ゴメン。
もう、君を裏切ったり、しないよ。
―――次にまた、君が追いかけてきたその時は、
思い切って、笑顔で振り返るよ。
イマ、イクヨ。ズット、イッショサ。
*−END−*2002.11.15.