がらん、がらん───



賽銭箱の前に吊るされた、大き目の鈴が音を立てて揺れた。

「これ位揺らせば、大丈夫でしょ」
鈴を見上げながら姉さん───ユウキが言う。


「それにしても姉さん、よく神社があるって気づいたね…?」
ちゃりーん、と賽銭箱に銭を投げ入れてから私は問いかけた。


「気づいた、っていうか───視えたのよ、さっき」

言いながら、手を合わせる。
それを見た私も、慌てて正面に向き合うと、同じように手を合わせた。











光の行方 1 「 Lost 」







───ちゃりーん。確かにそう聞こえた。
賽銭の投げ入れられる音。



「せ、先生っ   誰か神社の方に来られたみたいですよ」
「神社ですから、当たり前でしょう」
「だって、学業の神様なんですよね?!
こんな時期に…というのは、ちょっぴりおかしいのではっ」


神社の裏側。
彼女は縁側に座って本を読んでいる。
…そこへ、片翼の彼女はやってきて、開口一番そう言ったのだ。

落ち着かない様子のままだな、と思っていると──


「…先生、私ちょっと見に」



「いけません、クー    …減点3」
「はうっ」

『先生』に、そわそわしている原因を言い当てられて
クーと呼ばれた彼女はへこみ、うな垂れた。






…その時。

「あ、あぁ――――っ…!」




境内の方から悲鳴が上がるのが聞こえた。


「あ、わ、わゎ、(おろおろ)

せ── 先生、これは、」


「…早く行きますよ」









賽銭箱の前で。

「ね…姉さんっ、しっかりしてっ!」


私は慌てて、突然倒れた姉さんを抱き起こそうとする。
「ご…ごめんねレイキ……、大丈夫、いつもの…眩暈と貧血が一度に…来た、だけ…」
心配をかけまい、と姉さんの口が動く。



「─── 大丈夫ですか?!」





背後から声が掛かる。
私が振り向くと、そこには──茶色の髪を、後ろで一つに結ったような、変わった髪型の女性が居た。
その後ろには、やや背の低い、大人びた感じのする、白を身に纏った女の人も居る。

「あ── えぇと」


姉さん以外の人に会うのは久しぶりだ。…声が、出ない。
と、いうか、何て言えば、いい…?

少しだけ、思考して。

「───・・・あ、あの…すみません。人と喋るのは…その、不慣れなもので…

…お水を、下さい」



どこの世界に、人にそんな頼み方をするやつがいるか!
と、言いたくなるような情けないセリフだった。








今日の陽射しは眩しい。
加えて、とても───強い。


「・・・ふむ」

倒れた姉を一通り診て、彼女は言う。
「軽い日射病・・・だと思いますよ」

そしてその姉はと言えば、現在、神社の奥の部屋で、空さんに看病してもらってる訳で。

…ちなみに、空さん―蒼井空、と言うそうだ―は、天使、なのだそうだ。
それを聞いて、真っ先に私の頭に浮かんだのは、
白い薄着を身に纏い、頭上には輝く光輪を、背中に純白の大きい翼を生やした少女だった。

後のお茶会で、この事を彼女に話したら、
うっとりと惚けた後、呆れた先生に減点されていたけれど、それはまた別の話。





「えぇと…あの、その… ありがとうございます」
「大した事ではありませんよ。」

無い胸を撫で下ろしつつ、私は感謝の言葉を述べると、
あるゅう先生──私はあるゅうさんと呼ぶことにした──は、ちら、と私を一瞥して言った。
「でも貴方も疲れているようですから、少し休んで行かれた方が良いのでは。」



そんなこんなで、私とあるゅうさんは縁側でお茶会だ。

姉さんのことも心配だけれど…… 今は眠っているそうだから、後で様子見に行けばいいだろう。

「とても、お姉さん思いなのですね」
「へ……」

あるゅうさんの突然の発言に驚く。
「空と同じで、とてもわかりやすい方ですね。顔に出ていましたよ」
「そ― そんな、ことは」

あぁもう。顔が熱く感じるのは、きっと、思わず笑いたくなるようなこの日差しのせいだ。
しどろもどろになりそうになるのを抑えながら、慌てて私は取り繕う。




「何が私と同じなんですかー?」

後ろから聞こえた声に思わず振り向くと、ちょうど空さんが盆に和菓子を盛ってやってきたところだった。
…それが大福なのだと視覚認識した瞬間、思わず呟いてしまった。
「わ  …美味しそう」

盆が置かれる。

「私の手作りですっ 自信作ですよー」
『手作り』、の言葉に一瞬、あるゅうさんの体がビクついた気がしたが気のせいだろうか。

「空さん、一つ頂いてもいいですか?」
「どうぞー」
にこにこと、まるで太陽の様に晴れやかな笑顔。
きっと素敵な人なんだろうな、と思いつつ大福に手を伸ばしたその時――

「クー、ちょっと待ちなさい」


それまで黙っていたあるゅうさんが声をあげる。
「はい、何でしょう?」

「大福に、隠し味や調味料等と称して、モズクを入れたりはしていませんか?」



…数秒の間が空いて。

「や、やだなぁ先生、流石に和菓子にモズクは入れられませんよー」
「――何ですか、今の沈黙は」
「だから、入れてませんよー。」

不穏な空気になったと思いきや、何故かモズク談義になっていた。

モズク大福、なんてものがあったら、さぞかし微妙な味になっているだろう。
お吸い物に入ったモズクなんかはまた、普通に食べるのとは違って、美味しいのだけど。
そういえば姉さん、モズク好きだっけ。
今…この場に姉さんが居たら、きっと話がヒートアップしそうだ。

「レイキ、すみませんね。」
食べてよいものか、と迷っていると、あるゅうさんに謝られた。

「先日は、特製スペシャルケーキと称したモズク入りケーキを食べさせられたので。
少し疑心暗鬼になっていたようです」

…何故。
何故モズクなんだ!

―――私の中で、“素敵な人”のイメージがガラガラと音を立てて崩れていった。








*  *  *


*   *   *   *   *




「もう、行かれるんですか?」

「はい。姉さんの具合もよくなった様ですし」


…時計は丁度、午後5時を指そうとしていた。

先ほど姉さんが目を覚まし、
「もう大丈夫」だと言うので身支度を調えていたところであった。

「もうすぐ日も落ちますし、先生の神社に泊まっていかれても良いのでは」
「……クー、この神社は宿屋ではありませんよ?」
空さんとあるゅうさんが交互に言う。


本当は、泊まるのをお願いしたいくらいだけれど…そうもいかない。
それに日が暮れるのは、逆に好都合だった。

「空さん、お気遣い、ありがとう。
だけど、わたしもこの程度でへばっていられないし」
靴を履き整えて姉さんが言う。

「…突然のことにもかかわらず、休ませてもらったりして…ありがとうございました」
そう言って、頭をさげた。慌てて私もそこで一緒に頭を下げる。


「どういたしまして」
「また会えると良いですねー」
笑顔で見送られるのも悪くない。それでは、と歩き出そうとした矢先、

「レイキまって!!!」

と、大声で姉さんに引き留められた。
「姉さん、うるさい…」

思わず呟いた。耳鳴りがする。
見れば、あるゅうさんは無表情だが、空さんは「はう〜」と言いながらふらふら揺れている。

「どうしたの?」
「…部屋の奥に忘れ物しちゃった」
姉さんの置き忘れ癖か。私は思わず頭を抱えた…。


「私、とってきますねっ」
たたっ、と空さんが奥の部屋に走っていたのを見送って、私はため息をつく。
…先に出ていよう。姉さんは足が速いから、すぐに追いつくだろう。

「姉さーん…! 私、先に行ってますね」
「あぁーん、待ってよレイキ〜!」
そして、歩き出した。
今までそうやって来たように、先を目指しながら。







「ユウキさんっ! 忘れ物ってこれですか?」
奥の部屋から戻ってきた空の、手に握られているそれを見て、彼女は安堵の表情を浮かべる。

「それです! …ごめんなさい、最後の最後まで…」

「気にしないでください。それより、
早く行かないとレイキさんに追いつけなくなってしまいますよ」

「ううん、大丈夫よ。本当にありがとう。 それじゃ――」


「… ユウキさん、あのっ!」
駆け出そうとした彼女を、空が呼び止める。

「そんなに行き急いでまで、何を探してるんですか?」

それは、先程空が奥の部屋で見つけた、彼女の忘れ物を見てしまったときに沸いた疑問。
その事を悟ったのか、ユウキは黙り込んで―少ししてから口を開く。


「わたしにあって、レイキにないものがあるの。それをあの子に与えるため。

――もうひとつ。
レイキには、私の事を沢山想っていて欲しいだけ。…うん♪」

空には、彼女の言う謎めいた答えは上手く理解できなかった。
それを問おうとした時、不意に彼女が微笑んだ。

「もし次に会う事があれば…その時は、妹を、よろしくね」
それだけ言うと、「ありがとうございました」と頭を下げて出て行った。





「…気になるのは分かりましたが、あまり突っ込んで聞くのは相手に失礼ですよ。減点17」
「うわひどっ!?」




「Lost」― fin.


あとがき。

「空とあるゅう先生」は、観城はるか様とこのゴーストさんです。
「空とあるゅう先生」はこちら♪↑