もしも… そんなお話があったなら  もしも…そんな想いがあったなら──

─── cross







「神の力を手にする前に、やっておくことがある…」
そう言ってエルンストは、目の前に居る弟を見据えた。 

「な・・・ 何だっていうんだ!」 
ハルバードを構えてガッシュは戦闘態勢に入る。 
互いの視線が交差する。 
敵意を剥き出しにするガッシュ、それとは対照的に、 
冷やかに弟を見つめるエルンスト─── その口元が緩む。 


「何も知らない、というのはどうしてこうも罪なのだろうな──」 
「何を言って・・・!」 

声を荒げたガッシュがエルンストに詰め寄ると、その口から… 耳を疑うような言葉が流れた。

「私が、お前を愛している…と知っても、か?」 

────── え、?) 
その刹那の動揺に。 


──ガタンッ!』 


翳し掛けていたハルバードがエルンストの剣に弾き飛ばされた。 
宙を飛んだソレは、虚空を描いて── 王座の近くに突き刺さる。 

「…図ったなこの野郎!」 
ガッシュが叫ぶと、 
「嘘ではない───」 
不敵な笑みを浮かべながら、エルンストは更に斬りかからんとガッシュに詰め寄った。 
「くっ…!」 




キィンッ!!

ガキッ!!

剣が、黒壁にのめり込まんと激しくぶつかる。
それを許さない、と言わんばかりに──エルンストは絶えず剣を振るった。

これが普通の剣でなく、黒鍵だったら… 間違いなく、短時間でガッシュはやられるしかなかっただろう。


(壁伝いじゃ───いずれ逃げ場が無くなる…   ちくしょう、どうすればいいってんだ…!) 
そうなってしまわない様、身を守りながら──ガッシュは壁伝いに後ずさりするしかなかった。 


「私を止めよう、等と考えるのは止めておくんだな」 
「…ぐぁっ?!」 
不意にエルンストの体勢が変わる。 
足をかけられてしまったのか、ガッシュは呆気なくその場ですっ転げた。 
その横にエルンストは跪くと─────弟の腕を掴み、自身の頬に当てた。 

「匣も…私の想いも… もう、止める事などできないのだから」 
頬に当てた手の温もりを、楽しみながらエルンストは呟く。




「思えば、お前をここへ導いてやるのも計算の内だったのだ…」 
「何だって…───?」 


何故、と問いかけようとした処で、ぐいと引き寄せられる自分の腕。 
二人の顔が近づく。 …その距離は、10cmもなかった

「お前には話したはずだ。先祖が欲してやまなかったこの神の力を、私とお前の二人で…再びこの手に収めようと」 


「…それなら俺も言ったはずだ、兄貴は間違って───!!」 
叫んだガッシュの言葉を呑み込む様に、その先はエルンストの口に塞がれた。 




「…んっ」 




「は… ふ…ぅっ、 」





ふかく、ふかく、深く。 
言葉も出せなくなるくらい。 
絡め取った舌を、音を立てる位に吸い上げて。 
息も出来なるくらいの劣情を叩きつけて。 


「 …  ぁ── に、き」



ガッシュの、気を失いかけたのを見かねてエルンストはゆっくりと唇を離す。 
「だから、ここへ来るように仕向けたのだ───」 



そう言ってエルンストは立ち上がると、王座の方を見上げた。 
其処に転がり眠っているのは、巫女の血を引く小さき少女。 


「私の計画は成功した。 
最後に… お前の力も、この神の前で── ………


いや、違うな… 


私が本当に欲しいのは… ガッシュ、お前自身なのかもしれない──」 



追いかけ続けた兄の言葉だけが聞こえていた。

薄い意識の中で、身を起こせずにいるガッシュ。 
エルンストの言葉を聞きながら、その腕の中に生まれていく黒鍵アルマリオンを見つめた。 


「兄貴… …俺を  どうする気、だ?」 
無意識に呟いたその言葉に、エルンストは答える。 




「殺しはしない─── それに、」


言いながら剣を戻すと、エルンストは再びその場に跪く。

そして、心底愛おしそうに── 弟の左手に、自分の指を絡めて。



(こんな簡単なことに気づけなかった、とはな…)

目を閉じて思う。





「最初から…  お前は、私のものだったのだから」